肺化膿症の初期の状態に大柴胡湯加桔梗石膏
足守侯の留守居役である清水甫助の妻が、病気のため宗伯先生の治療を求めてきました。咳嗽と悪臭のする痰があり、咳をすると脇下まで疼痛があります。寒気と発熱を繰り返し、食欲がないので大柴胡湯加桔梗石膏を処方されました。2,3日で熱は下がったものの悪臭のする痰は治りません。そこで葦茎湯と桔梗湯を処方し、交互に服用させました。悪臭のする痰は徐々に減少して咳嗽も治り、その後炙甘草湯を処方して治癒しました。多くの医者がこの患者を不治と診断し、宗伯先生も難治と考えました。すでに肺癰(肺化膿症)の初期の状態の患者に対しては、宗伯先生の治療といえども奏功することは多くはありません。この治療の後に、大勢の足守侯の藩士が宗伯先生の治療を受けるようになり、遂には足守侯の夫人の病気も治療するようになりました。足守侯の夫人は土州侯のご息女です。
解熱、抗炎症、去痰、その後に滋潤
脇下に疼痛があり、往来寒熱があり、食欲がないというのは少陽病の症状です。便秘ははっきりしませんが、疼痛があり症状も強いことから、鎮痛・鎮痙作用のある枳実、芍薬を含んだ大柴胡湯が選択されています。桔梗は去痰・排膿作用があり、石膏は消炎・解熱作用があります。葦茎湯は肺における抗炎症作用の葦茎(芦根)、排膿や炎症性浮腫に用いる薏苡仁、瓜子、炎症性うっ血に対する桃仁からなります。咳嗽、喀痰、微熱があって、胸の中や皮膚がカサカサ乾いた感じがするものに用います。抗炎症作用は全体的にそれほど強くはなく、痰に対する効果が主要と考えられます。桔梗湯は炎症や咳に対する桔梗と甘草からなりますが、化膿に対しては桔梗、芍薬、枳実からなる排膿散がより強力です。つまり肺化膿症自体はそれほど重症ではなかったということで、それが治療が奏功した一因でもあるのでしょう。交互に服用させているのは、それぞれの効果が減じないようにとの配慮と考えられます。炙甘草湯は炙甘草、人参、阿膠、生姜、桂枝、麦門冬、麻子仁、地黄、大棗からなり血管、気道、皮膚、腸管への滋潤作用がありますので、病後の脱水所見が強かったのでしょう。
参考文献
宮崎本草会編著:句読点で読む橘窓書影. 万来舎, 2015
矢数道明:増補改訂版 臨床応用漢方処方解説. 創元社, 2004
神戸中医学研究会:中医処方解説. 医歯薬出版株式会社. 2005