寒邪水滞による胸背部痛

寒壁痰に千金半夏湯

田中老侯の妾で染井という者が、長年にわたって寒邪水飲による胸脇間の緊張がありました。胸や背中が痛みが走り、息切れがして、身体が重く、食べ物の味がしません。多くの医師の治療を受けましたが効果はみられませんでした。浅田宗伯先生が千金半夏湯を処方したところ意外に効果がありました。長年の病気が洗うがごとく治ってしまいました。先生が諸大名の奥方を治療したのはこれが始めでした。この人は老侯が亡くなった後に尼さんとなり知常と名乗りました。

さまざまな半夏湯

千金半夏湯は半夏、生姜、桂心、甘草、厚朴、人参、橘皮、麦門冬からなり、「肺労虚寒(肺結核)、心腹冷、気逆遊気、胸脇気満、胸より背に達して痛み、気を憂え、往来嘔気、飲食即吐き、虚乏不足する」寒癖を治します。寒癖は寒邪水滞によって生じますが、経過も長く血管内や細胞内は脱水傾向なので人参や麦門冬が入っているのでしょう。半夏湯は金匱要略の小半夏湯が基本になります。半夏、生姜からなり支飲による嘔気に対する基本薬です。同じく金匱要略にある生姜半夏湯は生薬は同じでも半夏が減って生姜が増えており、脾胃の陽虚により胃内の寒飲が上逆するものに用います。外台秘要の延年半夏湯は気鬱と停痰、すなわち胃内や胸膈に停滞した水毒やガスによって凝結、緊張、疼痛を来したもの(痃癖)に用いられます。枳実・前胡、檳榔、別甲で痰を去り、気を巡らし、痞悶を治し、半夏で以内の停痰を去り、桔梗で胸中の痰を除き、呉茱萸で寒を去り疝痛を治します。

参考文献

宮崎本草会編著:句読点で読む橘窓書影. 万来舎, 2015

矢数道明:増補改訂版 臨床応用漢方処方解説. 創元社, 2004

高山宏世:金匱要略も読もう. 東洋学術出版社, 2016

森由雄:浅田宗伯・漢方内科学 橘窓書影解説.燎原, 2015